なりそこねた小説 五

うっかりしたことに神様はその日予定よりもひとり多くの人を創ってしまわれました。ひとりくらいかまわないじゃないか、と思われるかもしれませんが、困ったことに魂の材料は不足がちなのです。特にその日は余裕がありませんでした。仕方がないので神様は魂のように機能する代わりのものを吹き込みました。

 

彼女は寒村の農民の8人目の赤子としてこの世に生まれました。美しく育ちました。そして14歳の春のことです。熊の墓場があると言われる森に住む仙人が珍しく人々の前に姿を現しました。そして彼女に言いました。

 

「お前はな、人であって人ではない。魂が人とは違う色をしている。それは返しに行かなければならないものだ」

娘は驚きましたが、同時に納得しました。確かに自分は他のみんなとはどこか異なっているという感覚が、実感が、体験が、ありありと思い出されました。たとえば近所の子どもと湖の氷のうえで遊んでいたときに突如として氷が張り裂けて子ども全員凍てつく水の中に落下したときなど彼女ひとり助かりました。

「冷たくなかったの。ねえ、ほんとよ。むしろ、ずっとずっと沈んでいきたいくらいだった。しんちゃんも、たーちゃんも、くみちゃんも、みんなそうだと私、思ったのよ」

このようなことを言う彼女を親はきつく叱って絶対によそでそんなことを喋ってはいけないと言い聞かせたものでした。

 

「西に行き、東に行き、それから北に行ったら南に行って本来の持ち主に魂を返さなければ、魂の代償をお前の親が支払うことになる」

「なぜ?なぜ?私ひとりの犠牲で十分じゃないの」

「十二分を求めるのが代償というものだ」

 

お父さん、お母さんのために死ぬのであれば出来なくもない気がします。死んでからも家族の傍に霊となっていればいいのだと思えます。

 

けれども魂を返す、となれば今ここにいる私はどうなってしまうのだろうか?娘は悲しみました。涙を流しました。涙も枯れるころになると仙人はどこかに消えてしまっていました。

 

そうだ、あれはあの気ぐるいの出まかせに違いない。娘は走って家に帰りました。しかしその頃からです。お父さんとお母さんの仲が悪くなったのは。

 

娘は、結局、お父さんもお母さんも嫌いになりました。どっちも死んじまえ。そう思っていたら、とうとう刃傷沙汰でお母さんは死に、お父さんは獄に繋がれました。

 

娘は美しく育って遠くの町に出て行きました。優しい人に恵まれましたし、良い仕事に恵まれましたし、恋人は全霊をもって彼女に愛を注いでくれました。そして身ごもりました、

 

彼女は夫に聞きました。

「男の子、女の子、どちらだと思う?」

夫は腹に耳を当てました。

「ありがとよ」

夫は何か低い声、ちょうど石臼を引く時のような低い声が聞こえた気がしました。

 

彼女は昔のことはみんな忘れてしまっているのです。