なりそこねた小説 六

逃げ続けたらついに逃げ場所がなくなった。逃げる以外の生き方を知らないので屍のように生きている。他人は僕がまともになったと褒めてくれている。

 

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「決してその話を誰にもしてはいけないよ。きっと良くないことが起こるからね」

「でも今あなたに話しちゃった」

男は黒い翼を広げてあっという間に飛び去った。

「人でなしならいいのかしら。ひとでなしのいうことは本当かしら」

 

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電車に乗っておりましたら白い杖をもった女の人が車両をずっと歩いていましたので混雑している電車のなかで連れとはぐれてしまったのだろうかと心配して後をそっとついていって声をかけようとしましたが彼女は一番前の車両に辿り着くと何かをじっと聞いているようでした。私もそれが気になりましたのでじっと耳を澄ましました。そうしているうちに私の降りる駅が来てしまいました。正体のわからなさに心残りを感じながらそそくさと降車すると閉じたドアの向こうから彼女が微笑んでいるように見えました。あれは白い杖を持つ人たちのちょっとしたイタズラなのでしょうか。私は自分が劣っている気分にさせられたのでした。

 

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時間を食べられるというインド人に出逢った。試しに俺の時間を食べてくれと言ってみた。インド人に「もうおなかいっぱいだよ」と言われた。とっても損をした気分だった。

 

 

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短歌『今度こそ恋ではないと思ったら酒で薄めた憎しみだった』