なりそこねた小説 八
滅裂な離陸と飛翔そして不時着。決して目的地には辿り着かない。そもそも目的地をもたない旅である。モード、コード、トーン、キャラクター、スタイル、マナー……僕らを縛りつけているカタカナの雑菌から逃れるために電子の森に僕は少しずつ思想を散布している。心理と論理と情理。肉世に浸るには無垢極まる。
2017年大晦日午前三時からそのプログラマーは饒舌に語るようになった。思想を移管した彼にとってもはや他人は恐るるに足らない。
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スモーキーな音楽をドープな空気で響かせたいとアーティストを自称するミュージシャンが言ったからピーキーなロビー・ショーケースを用意した。
スモーキーってダルいこと。ドープってムダなこと。
「私の言った意味わかってんのって言ってんの」
ステージをぶち上げたロビーエントランスは私の感じた以上に疲れ果てた人が忙しく往来していて、おまけにガラが悪い。広さは充分。
「あとはあんたが歌うだけだ。そうすりゃ全部変わっちまう。変えられるだろ?」
「そうだけど……」
自称アーティストの自信なさげな返答にまあ金になる程度の仕事はしてくれるだろうと思った。そうでないとバンドにギャラを払えなくってタニマチに酷い目にあわされる。
ステージに立った彼女は羽根飾りをまとった戦士のようだ。そして歌った。
スモーキーでドープなステージは私も見たいと思っていたから彼女最高だ。
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昨日、有名人と仲良くなったんだ。有名人だから店に入って来た瞬間にみんなおっという顔をしてちょっと黙ったけど有名人でもプライベートは大事だろってことで誰も話しかけなかったたんだ。そもそも知らない人に饒舌に話しかける奴に善人はいないからね。だから僕は話しかけたんだ。あんた有名人だろ?って。そしたらさ、その通りの有名人だってさ。でもさ、僕は名前がわかんないもんだから、有名人をユーメージンって呼んでたんだ。その日ずっとね。で、そろそろユーメージンが帰る頃に僕に言ったんだ。あんたも有名だぜ?って。なにいってんだこいつって思ったよ。でもさ、どうして今見られていないってわかるんだ?僕も誰かの噂のオモチャになっているかもしれないってのに。良い気になって今日もこっそり悪事を働いてるってわけさ。
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短歌『湾岸の暗渠の道のつぎはぎは冷え込む季節の苦難の証』