なりそこねた小説 四

血を抜いたら思った以上に黒かったことが印象的でした。なるほど血を失うと白くなるのもうなずける。そう思いました。血を浴びた人間は洗い流せないほど黒くなるのだと思いました。そう思いました。

 

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酒を飲んでいないのに意識が朦朧としたので救急外来に行きました。金がないので歩いて行きました。救急車を呼ぶのは恥だと思いました。寒くて寒くて凍えそうでそれだけで病気になってしまいそうでした。病院では若い医者がせっかちな口調であれやこれやの検査を行ってくれました。こんなのでなにがわかるのかとちょっと笑いそうになりました。わかるひとにはわかることがあるのだと思い直して努めて無表情でいました。心電図をとる段取りになってようやく病院らしいことをしてくれたと感謝しました。おかげで料金はえらく高くって尚更金がなくなってしまいました。これは救いようのないことです。

 

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私の病はなんでもないもの、というより夜間の病院は命を救う場所であって診る場所ではないのだと壁をすぐ隔てた向こう側から聞こえてくる切迫した心電図の音と呻き声と心配する家族の声とドラマで知っている限りの知識ですが蘇生のために用いる器具の作動音などから経過観察室の狭苦しいベッドに伏している私にもわかりました。

 

「調子はどうですか?」

それでも時々は私が死んでいないか誰かしらが見に来ます。

「大丈夫……大丈夫ですよ。」

死にそうな苦痛はなにひとつありませんでしたし意識ははっきりとしていました。壁ひとつ向こうの死にそうな誰かのためにひとりでも多くの人力を費やしてほしいので私は遠慮がちにでも元気に答えました。

 

「もしも、急に、苦しくなったりしたら、呼んでくださいね」

「あ、はい」

早く貴重な人命を救いに行ってほしいと思っていました。貴重な人命なんて、ちっとも思ったこともないものですから自分に驚きました。しかしそれでなぜか安心して棺桶のようなベッドでゆっくり眠ることができました。

 

一時間ほどたったころドクターがやってきて私に肝機能障害の可能性もあるからアルコールは控えるようにと年末が過ぎれば年始のやってくるシーズンに酷なことを告げました。

 

突然の自然死も突然の事故死も突然の事件死も突然のをつければアンラッキーというふうに見えますが詳細に事情を見たならば自業自得だとドクターはどこかで思っているのかもしれません。自業自得とはあまりに冷たい言い方ですので訂正します。人事を尽くして天命を待つ。でも人事は自業にとどめたいと思っております。

 

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短歌『しんどくてしんどくてしんどくて病だったら良かったのにな』